消えた依佐美の鉄塔を探して(前編)

【復刻記事シリーズ】
この記事は 2010年8月に旧ブログ「WEBポタリング倶楽部」
に投稿した記事の復刻版です。

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今回は、消えた鉄塔の痕跡を探すポタリングです。

愛知県刈谷市の依佐美送信所の電波塔、通称「依佐美の鉄塔」が姿を
消してから18年あまりが経ちました。
送信局舎も平成18年4月に解体されました。

8本の巨大な鉄塔を初めてみたときは、
その異様な光景に圧倒された。

冷戦時代は、アメリカ海軍の施設になっており、
有刺鉄線に囲まれた建物や電波塔は実に不気味でした。

戦争になれば、真っ先にこの送信場が爆撃のターゲットになると、
まことしやかにいわれていました。

また、鉄塔敷地内に立ち入った小学生が感電死するという痛ましい
事故もあり、危険な場所とされてしまいました。

さらに、原子力潜水艦に向けて電波を送信をしているという理由から、
反核運動のターゲットとなった時代もありました。

元々は日本がヨーロッパとの通信を行うために建設されたもので、
戦時中に軍事に転用されたものです。「ニイタカヤマノボレ一〇八二」
の暗号が送信されたのもこの依佐美送信所からでした。

そんな負の歴史もありましたが、地元民のみならず近隣に住む人たちも
毎日鉄塔を眺めて生活してきて、鉄塔がある風景が当たり前であり、
いつの間にか依佐美のシンボルとなりました。

車で走っていても、目印になったり、夜になると赤いランプが灯り、
綺麗にさえ思えました。
以前安城市に住んでいたときは、よく依佐美鉄塔の近所を車で通りましたが、
引っ越してから10年近く全く近づいていませんでした。

鉄塔が解体されるというニュースは何となく聞いたような気がしますが、
気がついたときにはなくなっていたというのが本当のところです。

先日、安城市のプールへ出かけた帰りに、車で走っていると、
遠くに小さくなった赤白の鉄塔が見えました。

依佐美の鉄塔の一部を保存してあるのだろうという事は容易に想像できましたが、
その場所がどんな所かは全く知りませんでした。

とりあえず、その場所へ向かって車を走らせました。
そこは、「依佐美送信所記念館」という立派な建物があり、
その前に鉄塔の下部分が保存されていました。

時間は夕方 5時10分前で、中に入ったものの、同時に閉館となってしまい、
その日は帰るしかありませんでした。

思えば、依佐美の鉄塔をまじまじと近くで見たことなど一度もありませんでした。
どこに立っていたかも意外に知っているようで、知らないことに気がつきました。

何だかそう思うと、調べてみたい。行ってみたい。
そんな衝動に駆られます。既に撤去されてしまいましたが、
その痕跡だけでも確認できないのか。

そこで、自転車で「依佐美送信所記念館」へ再び行くことにしました。
青い空に白い雲が強烈なコントラストで輝き。酷く暑い夏の1日でした。

次回へ続きます。

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